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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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のうがき―第2部 了



 またのうがきを垂れます。

 

 私が発達障害を知ったのは2006年頃でした。親が自己破産して店を畳むか私が借金を引き継ぐか、そのゴタゴタの中、母の仕事のやり方が非効率すぎることに違和感を覚えて、記憶を頼りにネットで調べた言葉が「片付けられない症候群」でした。

 

 そのワードを皮切りに、「注意欠陥多動性障害」「アスペルガー障害」と辿った私は驚愕しました。ずっと自分が考え続けてきた疑問がほぼ全て、「障害の症状」として書かれているのです。親よりも自分のことを知っている小学生来の友人にも連絡して、教えたページを見てもらいました。彼も私とアスペルガーに重なる点が多いと話しました。

 

 そして私は「一家全員、この障害を抱えている可能性がある」と察知して、親に自己破産を選択させました。診断は受けていませんし、診察を受けるにしても結果が出るまでに半年? 1年? もう間に合わない。それでも、両親の宗教、父のギャンブル好き、酒好き、啓発本好き、母の情緒不安定さ、自分の異常性など、家族の特徴は余すことなく「発達障害者」の人格としてあり得ることでした。そんな自分たちに云千万の借金の返済を続けていくことは無理だと判断しました。

 

 それから私はネットを頼りに発達障害のことを調べました。原因は? 治し方は? 遺伝するの? どこにもその答えはありませんでした。

 

 原因はわかっていない——

 障害だから治せない——

 遺伝はしない。親の育て方は関係ない——

 専門家が少なく、診察を受けられる病院ところは限られている——

 

 診察を受けられず難民状態に陥った当事者たちは自らを「グレーゾーン」と呼び、その多くが改善法を求めていました。私が考案した海辺モデルは、まさにあの頃の私が求めていた知恵でした。医療が頼れないなら自分でなんとかするしかありません。原因から改善法まで、正しいかどうか二の次で、一貫性のある改善モデルがほしかったのです。

 

 あれから15年ほど経ちました。改善法を求める人は昔より減ったように思います。それは認知度の広がりと共に、発達障害の間違った見方が知識として浸透しているせいだと思うのです。

 

2022年3月28日 平極ルミ