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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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私の海辺⑦—一人暮らし



一人暮らし(洪水2—社会性—低)

 

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図の根拠

 上記図は、前回の家業就職期と同じ図である。洪水状態ではあるが若干の社会性が維持されている状態。渚である自分の領域は洪水の影響で狭くしている。というのも、一人暮らし生活が2年と続いていないので、特に変化を表現した図を用意する必要はないと考えた。

 親の自己破産をきっかけに一人暮らしを始めた。新生活の仕事は夜勤のデバッグ(不具合検出業)。周囲の声は減ったが、不規則な生活、食事、睡眠時間に加えて煙草と酒、そしてオンラインゲームの量が増えた。業務の習得はできたが細かなミスや聞き間違い、失念が多発。挙句の果てにストーカーになってしまった。浸水状態ではなく洪水状態が妥当と判断した。

 

家業就職期の注目点

  • 親から離れられたことで人生を普通の軌道に修正できると思った。自分の異常性は頭のおかしな親と一緒にいることも原因だと思っていたから。
  • 仕事は夜勤のデバッグ。日中に睡魔が来ないので寝酒を頼るようになった。
  • 夜は仕事でずっとモニターを注視。帰宅後はオンラインゲームをしながらタバコと酒。食事はコンビニやファーストフードばかり。自炊はしてもスパゲティorカレーorやきそばの3択。
  • 業務はチェックの手順書があるので習得できたが、ケアレスミスや指示の聞き漏らし、失念など、細かな部分でつまづくことが多かった。周囲と足並みを揃えて進められないことがあった。
  • アパートから職場まで徒歩40分程度その道のりの最中、「死ね」「クズ」などの汚言が口から勝手に出るようになる。
  • 職場の異性を好きになってしまい、ストーカーになってしまった。自宅まで後をつけるといったことはしていないが、会社から出るところを待ち伏せたり、長時間の電話をしたり事あるごとに話しかけたりした。
  • ストーカー状態だった時に自分が全然普通になれていなかったことを自覚し、精神状態が人生最大の大洪水に見舞われる。この件をきっかけに精神科で診察を受けることを決意する。
  • 診察の結果、発達障害は否定となったが一区切りつけられたと思うことができた。発達障害に振り回される人生を変える為に、放浪旅に出ることを決めた。

 

解説

 ぐちゃぐちゃだった。親と離れられたことで気を抜いてしまったことが一番の要因だった。初めて一人部屋を与えられた子供のように、好きなことに好きなだけ時間を使った。学生の頃にクラスメイトが当たり前にやっていて、自分ができなかった分を埋める勢いでやった。音楽を聴いた。ゲームをたくさんした。お笑い番組も見た。車やバイクの雑誌を読んだ。ファッション雑誌も読んだ。

 小学生からの友人との交流はまだ続いていた。アパートに招いた時は「きみ明るくなったなぁ」と言ってくれた。当時は最高に嬉しく思えたその一言は、今思えばその後の波乱を予見するものだった。

 

   ◇ ◇

 

 当時は自覚がなかったけど、私は昼夜逆転生活に適応できなかったんだと思う。実家にいた頃も一時の間だけ夜勤のコンビニバイトを入れていたことがあるけど、その頃も睡魔のコントロールに苦労した。

 電気を消して横にはなるが、眠気がこなくて結局2〜3日起きっぱなしということが何度かあり、そのうち寝酒を頼るようになった。ウイスキーを炭酸ジュースで割ってグラス数杯は飲んでいた。ほぼ毎日。煙草も2日で3箱くらいに増えた。

 

   ◇ ◇

 

 食生活も酷かった。最初こそ自炊していたがそれでもスパゲティ、やきそば、カレーがいいところ。家業の仕事で食材の仕込みはやっていたので、作ろうと思えばとんかつでエビフライでもスープでもそれなりに作れたが、1R(ロフトあり)のキッチンは通路にあり、狭すぎて手間のかかる料理を作る気になれなかった。そのうち毎日コンビニ弁当になった。

 

   ◇ ◇

 

 仕事も散々だった。引っ越してすぐ、友達が勧めてくれた「水曜どうでしょう」にはまって大泉洋の口真似をするようになってしまい、出勤二日目くらいに職場の喫煙所で彼の文句芸をやったら、それがただの仕事に対する愚痴と伝わったらしく、チーフから注意を受けた。しょっぱなから心象最悪でスタート。

 チェック業務自体は手順書があるので、難易度が高いものや専門知識が必要なものを除いて大体できたが、ケアレスミス、指示の聞き漏らし、失念などなど、細々としたところでつまづき、他の人と足並みを揃えて進められないことがあった。

 アパートから職場までの道のりは30分〜40分程度の徒歩通勤。その間はずっとPSPで音楽を聴いていた。いつからか「死ね」「クズ」などの汚言が口から出るようになってしまった。

 

   ◇ ◇

 

 オンラインゲームでのコミュニケーション訓練は続いていた。この頃はネトゲー内のチームでリーダー役をやったりホームページで攻略サイトを運営したりもしていた。交流の幅は広がり、トラブル自体はあったがその頻度は実家暮らしの頃に比べてだいぶ減った。2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で晒されるような水準からは卒業できていたはず。

 

   ◇ ◇

 

 一人暮らし生活と仕事に慣れてきた頃、職場の異性のことが好きになってストーカー状態になってしまった。生まれて初めてデートに誘って、その日の内に告白して、それだけではなく喫茶店で「結婚しよう:と何度も言った。

 自分が異常だと自覚できたのは数週間くらい後で、結婚して家庭を持った時に必要な収入をネットで調べた時だった。自分はもう普通の人生が送れていると思っていたのに自分の収入じゃ全然足らなくて、色んなことを乗り越えてきた自分の認識が何もかもがおかしかったとわかって人生最大の絶望に陥った。この時は大洪水状態だったと思われる。いや、真っ黒かな?

 ちないに当時の収入は11万〜13万程度で、妻と子供一人養えるくらいの収入はあると思っていた。

 

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「黒い海」状態の図

 

 その絶望状態を乗り越えた後、こんなことは二度と繰り返してはいけないと思い精神科で発達障害の診察を受けることにした。その診断で発達障害は否定となったが、人生に一区切りつけられたと思えた。

 もう普通の人の振りとか、発達障害の疑いとか、そういうことを気にしながら生きるのをやめようと思い、自分にも言語化できない本能的な判断を信じることにした。

 子供の頃から放浪旅がしたかったので本当にやることにした。毎日違うものを見れば脳に新鮮な刺激が与えられるので、自分の成長にも良い効果があるはず、と思った。

 

   ◇ ◇

 

 診察と同じ時期に、自分に自信をつける為に自動車免許の合宿に行った。合宿中に知ったがそこは2ちゃんねるブラックリストに入れられるくらい行ってはいけないところだった。この頃はまだ油断すると息切れがしたり頭の中がぐちゃぐちゃになって理性が飛びそうになっtが、絶対に延長したくなかったので死ぬ気で勉強して試験は見事に一発合格した。

 この苦行を乗り越えたおかげか、帰郷後に仕事に復帰した後は比較的落ち着いて仕事ができるようになった。ケアレスミスや仕事の指示の理解に関するつまづきの頻度も減った。

 こうして立ち直ることはできたが、放浪旅にかける想いや先の人生に対する不安など、壮大で不安定な精神状態が定着していたので、洪水状態は続いていたと判断する。

 


定型発達の場合

 下記図は比較用に作成した、同時期における定型発達ケースの海辺モデルである。

 

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 これも前回と同じ図。若干、海(脳)の影響はあるものの、自分と社会性の領域がきちんと確保されている状態を表現している。