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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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私の海辺④—中学生期



中学生期:前半(洪水—社会性—未熟2)

 

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図の根拠

 中学生期は前半と後半に分ける。

 まず前半の上記図は小学生期よりも浸水域が増えて洪水化し、社会性が見えなくなったことにより、ぜんぜん成長していなかった様子を表現した。小学生の低学年くらいの知能のまま中学生になったと想定する。小学生期と比べて周囲の声の量に大差はないが、嫌われたことにより自分に向けられる声が増え、洪水状態が持続したと推測した。

 

中学生期(前半 中1〜中2半ばまで)の注目点

  • 入学式の校長先生の話に感激した私は「これからは大人の自覚を持って真面目になろう」と決めた。その誓いを1秒でも早く実行したかった私は、まず友達を作ることにした。入学式の後、クラス別に列を維持したまま教室へ移動する道中、私は前を歩いていた生徒の肩を叩いて「友達になろう」と言った。
  • 授業中は誰よりも大きな声でハイと叫びながら挙手をした。隣のクラスまで聞こえていたと思う。ある時の授業中、「うるせぇな」と誰かが呟いたのが聞こえてきて、自分だけしかしていなかったことに気づいてやめた。
  • 帰りのホームルームでは掃除を不真面目にしていた生徒を手を挙げて告発した。これもある時のホームルームで「はぁ、またか」と誰かが呟いたのが聞こえて、言うのをやめることにした。そんな風に思われるなんて思っても見なかった。私が頭に描いていたのはみんなが反省する様子だった。
  • 嫌われているがその関係性を察知できなかった私は誰とでも仲良くして遊ぼうとした。
  • 中1の間に私のいじめ問題のことで学級会が二度も開かれた。1度目は他の生徒が注意されて終わったが、二度目は違った。曖昧なまま話が終わり、私は学級会の後に先生に呼び出され、先生から学校での振る舞い方について諭すような話を受けた。
  • 小6の時にできたニキビが治らないまま悪化。顔面が熟れたいちごのような状態に。髪質はガチガチの直毛で自由なセットができなかった。
  • 身長が高かった私はこの頃から家の仕事(飲食店)の手伝いをやらされた。駐車場にお客さんの車が増えるとまた仕事に呼ばれるんじゃないかとビクビクした。土日は特に多かった。
  • ある日、クラスメイトが大人になったらお年玉で車を買うと言う話をしていて、親に自分のお年玉の貯金額を聞いたら1円もないと言われた。お正月は毎年好きなおもちゃを1つ買ってくれたが、そのお金は私のお年玉から出していたという。知らなかった。
  • 小学校の卒業する頃に起きた地下鉄サリン事件の報道を通して自分の親も宗教をしていることに気がついた。親からは「みんなやっているよ」と教わっていた。

 

解説

 授業中は「はい! はい!」と元気よく手を挙げることや、帰りの会で嫌なことや悪いことをしたクラスメイトを言い合うこと、みんなと一緒に遊ぶこと、それらは小学校では当たり前の日常だったが、中学校では大きく変わった。授業中は誰も手を上げないし、ホームルームは黙ったまま聞く。遊ぶ友達は「みんな」ではなくていつも同じ子。

 小学生の頃はよくないことだと学んだ姿勢の数々が、中学生では普通だった。自分が通っていた小学校の精神年齢が低かったようにも思える。いずれにせよ、そういう環境変化を察知して合わせる発想が全くなかったことや、自分の言動がもたらす心象への影響もぜんぜん頭にないまま、私は嫌われて「しんしょう」と呼ばれるようになった。「身体障害者」の略だが、意味は「頭がおかしい」という意味。

 嫌われていただけだが、当時の私はいじめられていると認識した。自分は何も悪いことをしていないからだ。私はクラスメイトたちを悪者だと思っていた。それが入学して一ヶ月と経たない内に形成された私の日常である。

 家に帰っても落ち着かなかった。青春ドラマの影響を受けており、勉強をしていたら親が温かいココアを持ってきてくれるシチュエーションに憧れた。それが何日経っても一度もなかったことで、自分の家は普通ではない、と思った。

 こんな調子で学校でも家でも感情は荒れっぱなしだった。

 

中学生期:後半(浸水2—社会性—低)

 

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図の根拠

 後半の上記図は、洪水状態が浸水まで戻り、社会性が露出した様子を表現した。社会性が減っているのは大洪水の影響により破壊されたという考え方。中央部分に浸水の空白地帯を作り、自分となる小さな「渚」をつくり、いじめ体験を通して「自分」という感覚ができたことを表現した。

 

中学生期(後半 中2半ば〜卒業まで)の注目点

  • 中2でもいじめ状況になったが、その時に自分が他の子と違うことを自認。自分は「何かの障害者ではないか」という病識を持てた。
  • それまでの自分と境遇を鑑みて一時は生きていくことに絶望するが、テレビゲームを通じて自分を成長させる方法に気づき、立ち直る。
  • 「普通の人」の振る舞いを意識してやるようになる。これ以降、失言の頻度は激減した。
  • これ以上いじめられないようにする為に、しばらく何も喋らないことにした。いじめ行為をされるタイミングが、いつも自分が何か喋ったり何かした後だったから。結果、何もされなくなったことで「嫌われていたんだ」と思うことができた。
  • 誰彼構わず声をかけるのではなく、雑談する相手をちゃんと意識して選ぶようにした。
  • 普通の喋り方を理解する為にクラスメイトの口真似をしてみた。
  • 寝る前にその日一日を振り返り、自分のおかしかったところや普通っぽかったところを整理した。

 

解説

 発達障害は自覚できないと言われているが、私は幸運にも自分の人格について病識を持つことができた。自覚できた時はこの先の人生に絶望した。その時だけは大洪水状態だったと思われる。

 

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大洪水状態の図

 

 立ち直ったあとは普通の人を目指すことにした。普通の人の振る舞いを意識してやるようになった。手探りの状態だったが、それだけでも現状は自重され、何事もなく一日を終える普通の日常が増えていった。

 「悩み」は減ったがその代わりに「考え事」が増えた。それも言葉の使用になるので浸水状態はそのままとした。

 普通の人になることを目指す上で、参考になるものはクラスメイトだけだった。「毎日1つでいいから普通を見つける、1つ見つければ上々だ」と、目標設定を小さくしたことがよかったと思う。それなら自分にもできる、と思ったから。

 

 尚、「自分に原因があるのでは?」と気づいた時に、後頭部側の首の辺りから頭のてっぺんに向かって、血の塊のようなものが濁流のように流れて行った感じがしたのだが、本記事の考察では考慮に入れていない。

 


定型発達の場合

 下記図は比較用に作成した、同時期における定型発達ケースの海辺モデルである。

 

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 小学生期からみて浸水エリアを若干広げ、社会性を重点に変化をつけた。建造物を増やし、若干だが中央に寄せた。中学生期は行動範囲や見聞が広がる変化に伴い、依存性を煽るものに誘因されることが多い。その代わりに社会性も身に付く、という考え方である。