御アクセスありがとうございます

ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

初めての方はこちら

はじめに/目次

 このウィンドウは画面内のどこかをタッチ/クリックすると閉じます。

言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

Calm or fact. Choose either.

私の海辺③—小学生期



小学生期(浸水—社会性—未熟2)

 

f:id:hyogokurumi:20220313173541p:plain

 

図の根拠

 幼児期から浸水状態を引き継ぎ、少し社会性が発展した様子を表した。周囲の声が増えたので浸水エリアを広げた。社会性は幼児期より発展したが、その多くの形状は建物物未満とした。僅かだがまともな社会性が身についている部分として、社会性位置となる砂浜部分には建物の輪郭がある「○/△/□」を配置した。他、浸水エリアのあちこちで謎の社会性(基本の形「○/△/□」以外の形状)を発生させた。

 この頃から記憶が少しずつ揃ってくる。まだまだ乏しいが、やるしかない。

 

小学生期の注目点

  • 小1の時から授業中徘徊。クラスメイトとの喧嘩。その度に注意、叱り。廊下に立たされたこともある。
  • 6年間を通して「うんうん、わかる」などの相槌をしながら進める通常の会話はできなかった。私の口から出る言葉は、相手を冗談でいじったり見たままをそのまま言うことばかりで、常にニヤニヤ、ゲラゲラと笑っていた。頭に浮かんだことをそのまま言っているだけでそこには何の方針もなかった。
  • 先生の話は授業の内容もお知らせの話もろくに理解してなかったが、その自覚はなかった。夏休みの宿題は「夏休みの間にしなければならない宿題」であることがわかっておらず、最終日に母に叱られて泣きながらやった。
  • 当時はファミコン全盛期だったが、我が家にはゲームは土日に2時間しか遊んではいけないというルールがあった。これに伴い発生したカリギュラ効果により、私の頭の中は一日中「ゲームしたい」という衝動で一杯となり、近代の基準で言うところの「ゲーム依存症」に陥っていたと思われる。
  • 自分から遊ぼうと声をかける相手は「家でゲームができる友達」だけに絞った。それがクラスメイトの親からも目立っていたようで、小3の保護者面談の時にとある親が「ルミくんという生徒がゲームをやる為に遊びにくる」という話を先生にしたらしく、その話がうちの親にも伝わって、私は友達の家でゲーム禁止になってしまった。
  • たしか低学年(小1〜小3)の頃は水泳、勉強塾。高学年(小4〜小6)は習字とそろばんに通っていたと記憶している。
  • 親は勉強を見てやれないことを気にしていて、ある時、学研のまなぶくんをねだったらあっさりと買ってくれた。しかし1日40分と決まっていたまなぶくんの時間は、問題文の冒頭だけを見て、覚えていた回答を入力するだけで過ぎていった。
  • 勉強塾や学校のテストではろくに回答できなかった。私にとって勉強とは、答えるとは、問題を聞いた時にわかっていることであり、わからない時に頭を使って考える、という脳の機能がさっぱり鍛えられなかったのだ。それができていない、という自覚すらなかった。
  • その思考自体は勉強以外でも養われる部分だが、その機会の大半は私にとって注意と叱りを黙っていく時間だった。考えさせようとするが、そのうち叱られる。その経験を通して私が覚えたことは、「黙っていればいつかこの時間が終わる」ことだった。
  • 母からは「お前は知恵遅れか」と何度も言われた。父は、子育ては母がするものという思い込みがあったのか、教育面のコミュニケーションをとった記憶はあまりない。
  • 両親はいつも店舗件住宅の家にいたが、夫婦共働きだったので2階の住居エリアには普段はいなかった。たまに2階へ上がってきた時はだいたい何かしら怒られるか注意を受ける時で、階段の足音が聞こえるだけで胸がざわざわと騒いだ。

 

解説

 幼児期と小学校期の最大の違いは、周囲の人間の増加に伴って増える言葉量の多さである。そこへ授業の時間も加わった。お昼寝の時間もなくなり、一日中言葉漬け。それだけでも浸水エリアの増加は免れないだろう。

 更に、社会性の麻痺と脳の衝動性による言動が多くなることで、日常的に注意を受けたり怒られたりする。帰宅してからも宿題や親からの注意、叱り。空いている時間はテレビやゲーム、漫画。今の時代ならここへスマホが加わるだろう。それらは「津波」となって意識を荒らした。

 浸水状態が引く間は睡眠中くらいしかないが、こんなんでは「浸水の回復」よりも「海の増加」の方が上回ってしまう。この小学校の環境により、浸水状態が当事者の平常時の意識として定着することが推測できる。言い換えれば、子供は小学校に通うことで「発達障害」になる場合があるという仮説ができる。発達障害とは症状群の総称であり、「境遇」の総称でもあるからだ。

 

 私の小学生期はまさにその考察通りの6年間だった。

 


定型発達の場合

 下記図は比較用に作成した、同時期における定型発達ケースの海辺モデルである。

 

f:id:hyogokurumi:20220317141156p:plain

 

 幼児期からみて浸水エリアに大きな違いはないとして、社会性を重点に変化をつけた。ちょっと大きくなっていたり、建造物っぽい形に変わっている。記号の箇所が浸水状態からみて少ないのは、静寂状態のままの方が「整う」という考え方である。

 浸水エリアは一時的な増減はあるだろうが、浸水の増強と回復のバランスが取れているので、「渚付近で定着している」と設定した。