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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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はじめに/目次

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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発達障害の治療④—文字数カウントデバイス



 発達障害は依存症、という考察。以前は「発達障害の症状を抱えている人の何割かがこれに当てはまるだろう」と考えていたが、今は全体がこれに当てはまると考えている。全体とは当事者のことだけではなく「全人類」のことだ。

 特に依存性を煽るコンテンツが大衆化しやすい先進国では、発達障害診断を受ける人が多いはずである。中でも日本は単語数や語彙数がかなり多い国なので、発達障害の割合は世界上位に入るはずだ。

 

   ◇ ◇

 

 仮に別の原因だとしてもこの言葉を要因とする依存症状は抱えてしまうし、そもそもこの考察では人格自体が依存症の副産物という解が得られている。私は「現代では発達障害者しか生まれてこない」と、それくらい大胆に考えてもいいとさえ思っている。

 依存症は脳の性質として遺伝する。それは言葉の依存症も例外ではないと考える。何より現代の発達障害診察は、怪我や病気のように部位で判断するのはなく、その当事者の境遇を基準にしている。発達障害者ではないと考える方が難しい。

 

   ◇ ◇

 

 この考察の定義がこの先、発達障害論の常識になるのか、ネットの片隅に設置された異端論のまま終わるのか、それはわからないが、いずれにせよ「言葉の依存症状の対策」は各個人が行えばいいものではなく、社会全体で取り組むべき問題だと言える。

 

 しかし、この社会は言葉からつくられていると言っても過言ではない。「言葉を使うな」は無理なのだ。

 

   ◇ ◇

 

 そこで現代技術でも可能なこととして考案したのが「文字数カウントデバイス」である。これは「自分の言葉」と、「聞いた声」「読んだ文字」「思考で用いた言葉」を文字数にしてカウントしてくれるデバイスである。形状はなんでもいいが、首周りについていても不自然ではないものがいいだろう。例えばネクタイやブローチなどなど。目の動きを追うとなればメガネのようなものが妥当かもしれない。

(現代の技術で可能かどうか、という話なので、デバイスの製造費や販売価格などは考慮しない)

 

 これを装着して活動し、限界値になったらその日の労働はそこで終了、ということだ。その値は個人によって差があるだろう。

 

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 その場にいたことにより聞こえてきた雑談などの声は、脳波の動きなどでカウントするべきかどうかを判別できると思う。その判定機能の性能次第では、同じ文字数でも会話内容の違いによる負担の大小も数値に表せるだろう。

 思考で用いた文字数は、現代では脳で意識するだけでTwitterへの書き込みができたという話があるので、技術的に問題はないと思う。

 

   ◇ ◇

 

 このデバイスは「アルコール検知器」からヒントを得た。酒を飲んだのか、酔っているのか、その判断基準としてこの社会では検知器を使い、その値が証拠になる。これが常識として浸透している。

 ならば言葉の使用量も数値で計測し、その値を基準に社会的判断をすればいい。言葉の依存症に陥らない為に、だ。

 

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 デバイスを作ることは可能(だと思う)が、課題はある。「言葉の依存症対策」を基準に一日の許容文字数を決めると、恐らくすごく少ない。

 私の場合、一日の使用文字数は「自分の声」と「聞いた言葉」の範囲で言えば、3000文字程度が平均だ。職場での会話と妻との会話だ。仕事は警備の誘導だが、例えばほとんど喋る必要がない現場だともっと少なくなる。

 これがオフィス業務だとこうはいかない。朝のメールチェックだけで軽く数千文字はいってしまうだろう。その後の電話応対、書類作成、会議などなど使用文字数は無尽蔵に増えていく。

 

   ◇ ◇

 

 拙著にも書いたが、今の生活になってから私の発達障害症状はほとんど目立つことはない。私はこの時代のこの世界で唯一、発達障害対策をしながら生きている人だと自負している。

 

 私は普通の人を目指していた頃、オフィス業務で働けることを目標にしていた。しかしどこでも適応はできなかった。今は誘導警備員を本職として、あちこちの工事現場で働いている。そこに勤める人たちは皆が何らかの資格を持っている。私も警備士の資格を持っている。資格は業務の習得に関することはもちろん、自分と他人の安全の為である。それでも毎日、危険予知の打ち合わせを必ずやる。

 オフィス業務はそうではなかった。特に資格を必要としないし、かなりの人数が自殺するほど精神疾患に追い込まれるのに、特に有効な対策をしていない。これは工事現場に例えれば、無資格で業務可で、死亡事故災害だらけなのに、危険予知の打ち合わせも何もしていないということだ。

 

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 私に取って丁度いい、一日3000文字。もしこれが大多数に共通する理想の基準だとすると、オフィス業務は朝のメールチェックだけで業務終了、ということになる。しかし精神科の患者数が年々増加傾向にある現実を考慮すると、私にはこれが大袈裟な値だとは思えない。

 依存症の末路は、自殺しかないのだ。