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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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幕間12:自立と自律について。「メンテナンス」の重要性



 昨晩、参加したTwitterスペースの話。文字ではなく声でのチャットは自分が喋り出すタイミングがなかなか掴めなくて難しい。発言し損ねたことを残しておく。

   ◇ ◇

 お題は「自立と自律の違いについて」だった。辞書的な意味なら「自立」は生活面、「自律」は精神面の単独実行力を指す言葉、ということで話は終わりである。

 それが終わらなかったのは、そもそもなにを以って自立/自律ができているのかが人それぞれ違うという点で、境遇の言語化とその出し合いが続いたからだ。

   ◇ ◇

 自立/自律できているのかどうかを判定するポイントとして、共通するのが日常の「メンテナンス」の有無とその精度である。

 「自律(生活面)」なら、部屋には片付いた状態が定期的に再現されており、食事の内容は健康志向であり、金銭管理に大きな混乱が起きていない。「自律(精神面)」なら、心身の行使(労働・運動・勉学)と休息のバランスがとれており、人間関係上に軋轢がなく、心身の不調については自己判断と医療受診の線引きを間違えていないこと。

 これらの生活・精神のコンディションが自らの意思決定によって「維持」されていることが判定基準となる。精度や質については厚生労働省の指針を満たしていればまぁ問題ないだろう。

   ◇ ◇

 注意点として、仮に根幹の維持を他者に任せているとしても、それ自体が「自律/自立できていない」とイコールになるわけではない。

 例えば「自立(生活面)」の話として、「家事炊事ができる会社勤めの夫」と「無職の妻」という家族構成であれば、通常家のメンテナンスは妻が担当することになるだろう。

 夫は家のメンテの大部分を妻に任せるが、家事炊事をできる能力を有しているので「自立できていない人」にはならない。ただ任せているだけである。

 「家事炊事ができない会社勤めの夫」の場合でも家のメンテナンスは「無職の妻」がやることにかわりはない。が、それは「家事炊事ができる会社勤めの夫」の日常と同じ結果が得られているのであって、その人が自立力を有していることにはならない。

 「自律」の話でも同じストーリーで解説できるが、単純なことなので省略する。

   ◇ ◇

 社会的、経済的に成功者であるかどうかが意見にあがったが全く関係ない。大企業の社長だろうが貯金を云億円持っている有名人だろうが、掃除できない、食事の用意ができない、金銭管理ができない、心身のケアができない、こんなんで「自律/自立できている」とは言えない。家族や外注に頼って日常に支障がないようにしていても、「できている人と同じ結果を得ている」のであって「できている」ことにはならない。

 

 この「できている」と「できている人と同じ結果が得られている」が混合していることも話を聞いていて気になった。この辺の条件付けが曖昧になるのは定型生活者(そこまで考える必要なく生きてこれた人)や精神疾患者の特徴だと言える。

   ◇ ◇

 日常の維持においては何事もメンテナンスの有無と精度の観点から考えることが重要である。これは生活環境、人間関係、経済活動など、活動の全てに言えることだ。

 

 私は年に何度か仕事帰りに薔薇の一輪を買って帰宅する。これは妻との良好な人間関係を維持する為の行動である。