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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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昔話43:勤め始めたばかりの職場で大泉洋の口真似をして注意された話



 中学生ではいじめられ、高校も人間関係に失敗して中退。その後、就職した家業は私が23歳の時に親の自己破産により閉店。それを機に始めた一人暮らし生活は、私にとって人生の再スタートに違いなかった。異常な親との生活もこれで終わり。二度と戻らない、これで人生の軌道修正ができる、絶対にそうするぞ、と意気込んでいた。

   ◇ ◇

 仕事は発売前のデジタル製品の動作をチェックをするデバッグという仕事を選んだ。引っ越し先もその職場の近くにした。

 引っ越し祝いに来てくれた友人は、私に「水曜どうでしょう」のDVDを勧めてくれた。酒を飲みながら2人で水どうを観て、私は見事にハマったのである。

 学生時代は人間関係に悩んで、中退後は異常な親との生活に苦しんだ私にとって、水どうの世界は青春の気持ちを擬似的にだが体験させてくれた。

   ◇ ◇

 勤め先といっても仕事は登録制タイプ(出社するけど個人事業主として働く)で、普通のアルバイトのようにシフトが決まっているわけではなかった。引っ越した時点では仕事の日が決まっておらず、休みの間に私は毎日水どうのDVDを見まくった。

 水どうを見てただけだけど、たぶん生まれて初めて人並みに「休日」を楽しめていたんだと思う。学生の時は休みの日も悩みの渦中にいたし、実家で働いていた頃も月曜しか休みがなかった。その月曜すら休めない時もあった。

   ◇ ◇

 1週間が過ぎると流石に不安になり、会社に「仕事はないんでしょうか」と低姿勢の声で連絡を入れた。それから数日後にようやく仕事の連絡があり、2日くらい連続で働いた。

 仕事は楽しかったし、周りの人もいい人だった。これならやっていけそう、だと思った。

 最初の「失敗」はその頃に起きた。

   ◇ ◇

 3回目か4回目の仕事の時だったと思うが、業務開始してすぐに私はリーダーから注意を受けた。

「平極さん、入ったばかりでわからないこともたくさんあると思いますが、愚痴を言わないでください。私も色々考えながらやっていますから」

 最初、なんのことだがわからなかった。でもこれが真面目な話で、私は何かやらかしたんだと思うしかなかった。私は「わかりました」と言った。「気をつけます」とも言った。流石に「すみませんでした」とは言わなかったと思う。その会話の中にいつのどのことなのか、リーダーも言わなかったからだ。

 

 その話が終わった直後に、自分のやらかしがなんのことだかわかった。

   ◇ ◇

 この前日、仕事が終わったあと喫煙所で他の人と喋っていた時のことだ。私は仕事でちょっと困ったり迷ったことを話していたのだが、その時の私は「大泉洋がディレクターに文句を言う時の口調」だったのだ。

 水どうにはまっていた私はあの4人の仲良しのノリの影響を受けまくっていた。小学生の頃にあったアニメキャラクターの憑依とまではいかないが、楽しくなると大泉洋のような口調になってしまったのだ。

 それが「仕事に対する愚痴」という形で、あの場にはいなかったがリーダーに聞こえてしまったのか、誰かが「入ったばかりの新人の目にあまる言動」という形で垂れ込んだのか、どっちかはわからないがともかくそう伝わってしまったのだ。

 これに気がついた時にはとっくに話は終わっており、弁解する機会もなく、ただ最悪な気持ちだけが私の中に残った。

   ◇ ◇

 言い方を変えれば、私はまだ親しくもない間柄の相手に好きなキャラクターの口真似で遠慮なく喋るやつだった、ということだ。それが一般の感覚からみてイタイ奴だということは理解できた。というか、理解できるだけの知能も経験もあったはずなのに、自分はやらかしてしまった。その事実があまりにショックで、それが強烈な自己嫌悪となって私の平常心をかき乱した。

 あぁ、まただ。中学生の時から何も変わっていない。なにが普通の人生だ。親なんか関係なく、俺は頭がおかしいんだ、と。

 

 この印象の悪さは仕事で挽回することにした。その姿勢がどこかで伝わったのか、週5日途切れずに仕事を入れてもらえるようになった。しかしその後の私は居眠りやルール違反を繰り返す「使えないスタッフ」になってしまうのであった。