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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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昔話33:人に心が読まれていると思った話2



 高校中退後に就職した両親の飲食店が経営難により、私が23歳の時に自己破産した。その後、店舗兼住宅の家がなくなるに伴い、私は親元を離れて一人暮らしをすることにした。

   ◇ ◇

 当時はまだ発達障害のことは本で知っただけで、ただの診察も受けていない状態だった。それでも診察を受けに行くという発想はなかった。病院は頼らないとか、そういう考えがあったわけではない。普通の人になる為の術を模索しながら生きることが、あの頃の私の全てだった。その人生は中学生の頃に自身の異常性を自覚した時から始まっている。だから病院へ行くという発想がなかったのだ。

   ◇ ◇

 あと、自分の異常性が改善しない理由には、「異常な親と一緒に暮らしていること」も関係していると思っていた。今のようにさらっと言語化できたわけではないが、とにもかくにも一人暮らしをすれば親から離れられる。自分の感覚が正しければ、これで普通の人生に軌道修正できるはず、と考えていた。だから尚更、診察を受けに行くという発想に至らなかったのだと思う。

   ◇ ◇

 人に心を読まれている感覚は、その一人暮らし生活に慣れてきた頃から始まった。人と喋っていると、会話の最中やその後に自分の思考が相手に漏れているような気がしたのだ。

 相手は問わなかった。はるばる隣県まで遊びに来てくれた地元の友達と喋っている時や、職場で同僚と話している時。ちょっとした雑談でもそれは起こった。

(あれ、思っていた通りのことを言ったぞ)

(まただ、また予想通りの会話だ)

(思考が漏れているのかな?)

映画の『サトラレ』ってほんとにあるのかも?)

 なんてことを考えた。

 ちなみに、高校生の時にも同じ症状に遭っていたが、この時は忘れていた。

   ◇ ◇

 私はこの現象を考え事の一つとして受け止めた。「自分は普通を習得する為に会話を研究してきたから、そのシミュレーションのおかげで会話予想の精度が上がったんだ」と最初は思っていた。最初だけは、高校の時と同じ考察を辿ったのである。

 でもこの2度目は違った。

 自分に対する違和感はこの人に心が読まれている感覚だけではなく、「失言や汚言が増えた」という自覚もあった。だから、「この2つは繋がっているのではないか」と考えたのだ。

   ◇ ◇

 一人暮らし生活では酒と煙草、ゲームの時間が実家暮らしとは比較にならないほど増えた。仕事はゲームやパチンコ筐体のチェックだったから、実質仕事中もゲームをしていたようなものである。

 精神状態が悪い方に悪化しているのかもしれないと、そこまで考えたところで、人に心を読まれている感覚を歓迎しないようにした。

 その感覚は一ヶ月程度で感じなくなったと記憶している。その後、私は職場の異性のストーカーになってしまうのだった。