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ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

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言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

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昔話23:人に心が読まれてると思った話1



 高1の一学期半ば、クラスメイトと話している時に違和感を覚えるようになった。自分の思考が周りに漏れているという気がしたのだ。それはまぁまぁ強い不安だった。

   ◇ ◇

 その現象について数日ほど考えた末、不安が強まる時は決まって「クラスメイトと何気ない会話をした後」だということがわかった。それ以外のタイミングで強まることはなかった。

 タイミングの特定ができたことで、現象の正体がなんとなくわかった。

   ◇ ◇

 私は中学生の頃に自分の障害性を自覚して、それから普通の人を目指してきた。その営みの大部分は会話のシミュレーションだった。自分の会話感覚は使い物にならないと横に置き、普通の会話ができるようになろうとした。クラスメイトの雑談に聞き耳を立て、会話の流れを分析した。

   ◇ ◇

 人の会話を知れば知るほど自分の会話感覚のおかしなところがわかった。クラスメイトの会話は自分が思いつかない言葉で構成されていた。だから最初の頃は違和感しかなかった。それでも、私は二言目には笑わせようとしたり。自分の言いたいことばかり言っていたことがわかった。自分を怒りたくなった。恥ずかしかった。

 クラスメイトの会話を聞いても違和感を覚えなくなった頃、自分もなんとなく普通の温度の会話ができるようになっていた。それが中3の半ばだった。

   ◇ ◇

 この取り組みにより、私はある程度は会話の流れが予想できようになっていた。思ったことがそのまま口から出てしまうことを防止する為でもあったが、人に話しかける前に、会話の流れを予想して話すようにしていた。

 いつの間にか、意識しなくてもそれが自分の平常時の感覚になった。

   ◇ ◇

 そこまで経緯を振り返ったところで、それ自体が答えだろうと思った。会話の流れが思った通りだから、事前に想定した会話のイメージが外に漏れていると錯覚したのである。

 この気づきにより、人に心が読まれている違和感はピタリと止まった。

 だからたぶん、正解だったのだと思う。この時のケースに関しては。