御アクセスありがとうございます

ブログ開始日 2021年12月31日

当ブログの考察は当事者の体験に基づく内容です。ご了承の上でお読みください。

初めての方はこちら

はじめに/目次

 このウィンドウは画面内のどこかをタッチ/クリックすると閉じます。

言壁の棺 — 発達障害考察ブログ

Calm or fact. Choose either.

昔話18:中学生の頃、服の襟に鼻くそつけてた話



 この話、どこから始めればいいかな? と思いながらとりあえず打ってみる。

 

 中学校は私にとって別世界だった。バイクや車、アイドルと歌、ダンス、ファッションの話。他の小学校から来たクラスメイトたちはそういう話をよくしていた。中学生になったばかりの私にとって、それらは「不良」の会話だった。

   ◇ ◇

 自分と同じ小学校から進学した生徒が全然いなかったことも、この感覚の違いの要因だと思う。当時は想像もしなかったが、私が通っていた小学校はなんというか先生の言うことを聞くいい子ちゃんばかりだった。「うるせぇ」とか「てめぇ」といった乱暴な言葉使いをする生徒も数名いたが、その子たちが立入禁止の屋上へ上がる階段の踊り場で、バイク雑誌を広げながらお菓子を食べていた光景を偶然目撃した時は、この世の終わりかと思ったもんだ。

   ◇ ◇

 自分の思い込みだったことは中学生生活に馴染むにつれてなんとなく理解できた。彼らのそれは不良でもなんでもなくて、年齢相応の普通の会話だったのだ。けど、そういうカルチャーの魅力はいまひとつわからなかった。これも私がクラスで浮いてしまった遠因に違いないだろう。

 直接的な原因はお小遣いの少なさにあったと思う。中1の時にもらえた月のお小遣いは、1000円だったか2000円だったか。ジュースとお菓子を1つずつ買えばそれだけで200円。中古ゲームでも2000円以下となると、ポンポンと続編が出る人気ゲームでさえ1〜2年待ち、あとは不人気のゲームだった。ゲームを新作で買うなんて絶対に無理だった。私の趣味が古本の買い漁りとレンタルビデオの映画鑑賞に定着した経緯だとも言える。

 こんなんで休日に電車やバスに乗って、繁華街で服やアクセサリーをショッピングするなんて発想が持てるわけがない。

   ◇ ◇

 自分が着る服は母がどこからともなく買ってきた。大体がセールで安かったとか、知人や親戚からお古をもらったとかそういうパターンだったと思う。息子が中学生になっても、我が家は幼児や小学生の子育てレベルの家庭水準から脱却できなかったと言える。

 

 何度か母に好みは伝えていたのでそれに近いものを買ってきてくれたこともあった。当時は漫画の影響でジーンズ系の格好が好きだったので、上下はデニム系で揃えることが多かったと記憶している。

   ◇ ◇

 そんな日常でもたまに服が欲しくなる時がある。中2の時に欲しくなった服があって、お願いして買ってもらった。それがPUMAのロングコート(黒)だった。体育の先生が冬場に外で着てるようなやつである。

 一応言っておくが、私の知る限りこれが若者の間に流行したことは1秒もない。

   ◇ ◇

 当時のアニメか漫画の影響だったと思うが、主人公+黒いコート(またはマントっぽい服)というスタイルに惹かれていた私は、ある日ふと自分もそういう格好がしたいと思った。で、母に「コートがほしい」とお願いをした。普段服を買ってほしいと言うこともなく、少ないお小遣いでやりくりしていたせいか、わりとあっさり聞き入れてくれた。

   ◇ ◇

 後日、母と一緒に店で使う食材の買い出しついでに駅前の商業ビルに行き、何軒かの服屋に立ち寄った。母もファッションに詳しいわけではなく、私が無言のままあれでもないこれでもないと思いながらウロウロし、たまに母が「いいのあった?」「決まった?」「◯時までだからね」と言ってきた。

 そうしてこうしてやっと見つけた、理想に近かったものがスポーツ店の中にあったPUMAの黒のロングコートだったのだ。

 そのコートは私のお気に入りになり、その年の冬はほぼ毎日それを着ていたと記憶している。コートの中は上下デニムのジーンズである。

   ◇ ◇

 それから何日か経ったある日の休日、友達と商業ビルをぶらついていた時、同じクラスの女子数名とばったり出会して、すれ違い際に会釈をした。その時、目を逸らされたような気がした。

 この時はまだいじめ云々の境遇を自覚する前だったが、関係が良い相手ではないという気はしてたし、自分も笑みを返したわけでもなかったから、なんとなく気まずい空気を覚えただけでそれ以上のことはなかった。

 その日の帰宅時、母が私を見るや否や顔が汚いものを見た表情に変わり、口を歪ませてから言った。「お前、服に何つけとんのや!」。その時、私は鼻くそを服の襟につけていたことを認識した。その日だけではなく数日前から鼻をほじった時に取れたものを服の襟にくっつけていたのだ。毎日自分の意思でやっていたことなのに、ほじっている時以外は全く自覚できなかった。母の指摘により、商業ビルで会った女子から感じた違和感も理解できた。彼女らは私の服の襟についていた黄緑色の物体を見つけたのだ。

   ◇ ◇

 この当事者は衝動性に伴って強まる感覚の麻痺の影響で様々なことを察知する力が鈍くなる。「汚い」がわからなくなるのもその1つだ。

 私のように服を自分で汚していても自覚できなくなったり、それを他人から見られた時の印象も平常時の思考で使われなくなる。職場のデスク周りや自分の部屋が散らかっていてもそうとは認識できず、それに伴って生じる不便や不都合にまで思考が届かない。

 知識としてそれらが汚い状態で、そのままだと不都合が生じることは理解できるのだ。依存症の境遇そのものである。

    ◇ ◇

 余談だが、発達障害や虐待などの生きづらい界隈の動画コンテンツの中には映像がめちゃくちゃ汚いものがある。映像が荒いと言う意味ではなく、例えば背景に映る部屋が散らかっている、撮影場所が暗くてじとじとしている、デスク周りが酒や煙草の灰だらけ、吹き出物だらけの顔面がカメラに近すぎ、煙草の煙が顔とカメラの間にもくもく漂う、といった汚動画である。とにかく映るもの全てが醜くて汚い。

 そんな映像を社会的言及に積極的な活動家やライターたちが配信していて、チャットやコメント欄で応援の書き込みをしているのが精神薬の副作用でボロボロになったメンヘラたちという構図。誰も救われない。