言壁の棺

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幕間5:アニメキャラクターの口真似の話

 小学4年生だったか5年生だったか、時期ははっきり覚えていないが小学校高学年のどこかで、クレヨンしんちゃんの口真似をしていた時期がある。期間は三ヶ月くらいだったか、半年くらいだったか。これも覚えていない、一年間とかではないと思うが、それなりに長い期間だ。

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 口真似と言ってもアニメオタクがノリでアニメキャラの台詞を単発的に言うのとはワケが違う。例えば喧嘩漫画を読んで自分が強くなった錯覚に陥ったり、映画かドラマの影響で考え方が変わったりすることは誰にでもあると思うが、それとも別物だ。喋り方も考え方も、全部がしんちゃんになってしまうのだ。そういう意味では口真似ではなく「憑依」と言った方がいいのかもしれないが、便宜上ここは口真似と呼ぶ。

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 家でも学校で友達と話す時も授業中の発言も言動は全部「オラ~~~~だぞ」という口調で話す。思考もしんちゃんなので様子がコロコロと変わる。しんちゃんが笑ったあと落ち込む場面の間に劇中では数時間の経過があったとしても、視聴者の世界では数秒か数分しか経っていない。当たり前のことだが、この要約のせいでしんちゃんのことを「考えるということを一切せずただひらすら喜怒哀楽を見せるキャラクター」として脳がインプットしているのだ。

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 しんちゃんの口真似を始めたきっかけらしいきかっけはなかった。ただクレヨンしんちゃんが面白かっただけだ。

 ただ、「真似」という点に関しては心当たりがある。

 私はなにをしていても怒られた、と思う。発達障害の特性故ってのもあるが、母が神経質な人間だったというのもある。例えば日曜日に友達の家で「お昼ご飯食べていく?」と言われて、電話で家に確認をすると発狂した声で「あかん! いいから帰ってきて!」と騒ぐ人だった。とにかく人の親の世話になるのが嫌だったらしい。

 私がやってほしくないことをするといつもそんな調子になり、時には懇願するように「お願いだからやめて!」と私がやめるまで言い続けるのである。ヒステリックだった。当然、頭をはたかれたり頬をつねられるなんてことはしょっちゅうであった。

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 当時の我が家は父と母が夫婦共働きの飲食店を経営していて、私の育成に関われる時間は少なかった。ほぼ放任で育てられた私(と弟)はいつも住居スペースで二人で遊び、親とコミュニケーションを取る機会といえば、そこで何かをやらかして怒られること、そんな記憶ばかりが残っている。

 いつからか、怒られない為に人を笑わせようとしたり、「怒られていないもの」を真似てやりすごすことが私の処世術となっていった。例えば図工の時間で製作するものはまず友達の真似をするようになった。低学年の頃、自分で考えたものをつくった時にあれこれ注意されたことがあったからだ。

 とにかく「笑う」ということに惹かれていった。誰かがやって周りが笑っていればすぐに飛びついて加わろうとした。授業中も誰かがクスクス笑ったら気になってしょうがなくなり、席を立って何の話をしているのかを聞きに行った。

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 クレヨンしんちゃんは「笑える」と「みんなの人気者」という点で、当時の私にとっては絶好のスタイルだった。しんちゃんは劇中でいつも周りから怒られているが、見てる側にとっては笑う場面だったから、当時の私は「しんちゃんのやることは全部笑えること」として認識したんだと思う。

 このしんちゃんの口真似をやめたきっかけらしいきっかけも特になかった、と思う。ただある日突然やめたというのも不可解な気がする。「クレヨンしんちゃんの真似やめなさい」と先生から一言言われた記憶が微かにあるのだが、これはもしかしたら脳の捏造かもしれない。思い出せたらまた話そうと思う。