言壁の棺

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幕間2:中学生の頃、万引きにハマった末に捕まった話

 今から25年程前になるか。中学3年生の頃、万引きにハマッたことがある。当時の遊びグループの一人がやり始めて、それがグループ内に広がっていつからか私もやるようになった、という流れである。期間にして三ヶ月くらいだろうか。

 近所の100円ショップやスーパー、ゲームショップなどでほしいと思ったものをなんとなく盗った。

 私がやめたきっかけはお店の人に捕まったことだった。

   ◇ ◇

 中学3年生の三学期半ばだったと思う。塾の時間までの時間潰しに仲間の一人とスーパーに行き、私は商品を見るふりをしてペンライトを手首から袖の奥に押し込んだ。

 その後、店から出ると駐輪場で店員のおじさんに声を掛けられた。店舗内の事務所まで一緒に来るように指示をされ、私は観念して言われた通りにした。

 長机の椅子に座った後、カバンの中のものを全部出すように強い口調で言われた。私はたしか自分からだったと記憶しているが、袖の中に押し込んだペンライトを出して、盗って店を出たことを認めた。連れの方はグループ内では一番戦利品の多い奴だったが、この時はなにも盗っていなかった。

 それからすごく怒られながら、出された用紙に住所や氏名を書くことになった。用紙の内容は覚えていないが「二度としません」とか「店に入りません」とか書かれた誓約書だったと思う。

 この時、私は生年月日の「年」が書けなかった。その用紙では西暦ではなく和暦で書くことになっていたが、私は4桁の西暦での年しか覚えていなかったのだ。(それまで和暦で書く時は親や先生に聞いて教えてもらっていた)

 そのことを正直に言ったのだが、そのタイミングで店長と思しきおじさんが部屋に来て、立ち会っていた人が状況を説明した。そして店長が「嘘をつくな! 書け!」とこちらを向いて怒鳴った。私はその怒号の後で、「本当にわからないから書けないんです。昭和の年だとわからないんです」と訴えた。店長はため息のあと、胸ポケットからシステムメモ帳のようなものを取り出して、年号の一覧が表記されたページを見せてくれた。この時だけは優しい口調だった。私はそれを見ながら、ようやく用紙の全てを埋めることができた。

   ◇ ◇

 その後、「盗ったのは初めてか」と聞かれた。私はその店では何度か盗っていたが、「初めてです」と答えた。当時の自分の心境は「〇回くらいやりました」と正直に白状したいという気持ちと、「初めてですと答えておけ」という作り話の意識が混在していた。ここで「嘘をつくな」「前に盗った時の映像もあるんだぞ」などとしつこく聞かれたらいつか白状していたかもしれないが、追及はされなかった。嘘をついた理由はこれ以上怒られるのが嫌だったからである。

   ◇ ◇

 それから親に連絡することになった。私は「それだけは勘弁してください」と言ったが、「じゃあ警察に連絡するぞ」と言われ、観念して親に連絡することにした。

 家はどこかと聞かれて家の場所を言ったら「きみは〇〇さんとこの子か」と店長が唖然とした様子で言った。私の家は飲食店で、この店からしてみればいつも野菜などをたくさん買ってくれるお得意さんだ。ショックを受けて当然だろう。

 電話で連絡した後、店長は「きみのお父さんと顔を合わせたくないから私は行く」と言って部屋から出ていった。

   ◇ ◇

 事務所に来たのは父だった。私はその場で重い拳骨を食らい、二人でお店の人に深々と謝った。それからお店のレジに行き、ペンライトを買ってもらって店を出た。

 帰り道の途中、父から「それがほしかったのか」と聞かれた。私は「うん」と迷いながら答えた。本当は「なんでほしくなったのかがわからない」というもやもやとした気持ちが大きかったのだが、その言葉が作れなかった。

 それから一ヶ月ほど、私は反省と後悔の念に押し潰されながら過ごした。

   ◇ ◇

 発達障害は非行に走ったり犯罪に手を染めやすい。それはあらゆる感覚が麻痺してしまうからである。「麻痺」は衝動性よりも注目するべき脳の性質である。

 中3当時の私も万引きが犯罪であることを知識として理解していた。ただハマっていた当時はその基準を全く意識できなかった。ある時、学校で万引きのことを「やめときなよ」と注意してくれた生徒がいたが、私は「だいじょうぶ~」などとてきとーに返事をしただけで相手にしなかったと記憶している。そればかりか、複数人でやっていることについて、自分だけが注意された気がしてムカッとしたほどである。

 この感覚の麻痺は衝動性を煽らないようにすごせば時間と共に鎮静する。発達障害の場合は依存の主要因が「言葉」だから、静かな環境でおとなしく、規則正しい生活をしていれば麻痺は解除され、通常の判断ができるようになる。

 例えば刑事施設。これも完全理想とは言えないが、一日の言葉の使用量は外界より少なく済むだろう。

   ◇ ◇

 ある犯罪・事件の容疑者に発達障害の疑いがあると報道で知ることがある。その人たちの何割かは刑事施設といった環境化で感覚の麻痺が解け、酷い後悔に悩まされているはずである。

 私が万引きで捕まった後もそうだった。「なぜ駄目なことだとわかっているのにやっていたのか。やっていた時の自分は本当に同じ自分か。自分はなぜダメなことを繰り返してしまうのか」という混乱がずっと続く。

 これはあぶり出し型脳や依存症患者特有の悩みのパターンと同じである。わかるはずのことがその時はわからず、いつもあとになってからわかってくる。

 感覚が麻痺していた時と麻痺が解けた後の自分では、別人レベルで違うのである。

   ◇ ◇

 発達障害者の人生の苦しみは、その人格化した依存症状が日常を滅茶苦茶にした後、麻痺から回復した冷静な自分に意識の主導権をバトンタッチしてくるところにあるといえる。